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『このすばらしきスナーグの国』(E・ A・ワイク=スミス原作/ヴェロニカ・コッサンテリ作/野口絵美訳/徳間書店)

原著:E・ A・ワイク=スミス
作:ヴェロニカ・コッサンテリ
訳:野口絵美
出版社:徳間書店
出版年:2023
ISBN:978-4198656805

 

【概説】

本作は、『ホビットの冒険』の著者J.R.R.トールキンが自分の子どもに読み聞かせた名作をもとに、イギリスの現代作家が編みなおした作品だ。スナーグとは、『ホビットの冒険』や『指輪物語』に出てくる〈ホビット族〉の原型となった〈スナーグ族〉のこと。小柄で愉快なキャラクターだ。

 

【あらすじ】

はじまりの舞台は、身寄りのない子どもが暮らす〈サニーベイ〉の家。崖の上にある敷地内の〈おこごとベンチ〉に、〈スナーグ族〉のゴルボが座っていて、ワトキンス先生に叱られている。ゴルボは〈サニーベイ〉で働き出してから失敗ばかり。この日、ここに住む、フローラとピップに夜中にジャムタルトを食べさせたため、とうとうクビを言い渡され、スナーグの国へ帰った。

一方、規則を破ったフローラとピップは罰として、ピクニックに連れて行ってもらえず、うんざりしていた。ふたりのもとに怪しい大男が運転する車がやってきて、ドアが開いた。中で不思議な紫の女が手招きをする。規則などないところに連れて行ってあげると言われ、ふたりは車に近づいた。中の籠から子犬が顔を出した。フローラが手を伸ばすと、ドアが閉まった。フローラを乗せた車が走り去る。ピップはフローラを探しに禁じられた森に入っていった。

ふたりは無事に森で再会し、ビルボにも会えた。あのときの子犬も一緒に、みんなでスナーグの国に行った。スナーグはお客を招くのが好きで、女王は宴が大好き。気が向けば宴を開くことになっているが、しょっちゅう気がむき、さまざまな口実で宴が開かれていた。その夜も、ふたりは踊り、お菓子を食べ放題、ハンモックで寝て、この上ない楽しい時間を過ごした。

一方、川を挟んだ向こうには〈スナーグ族〉の敵、〈ケルプ族〉の国がある。そこはよそ者を拒む国だ。〈ゴリトス〉(人食い鬼)がいて、川のほとりに〈呪い〉を売る魔女が住んでいる。魔女の家は不気味でお客を歓迎する雰囲気ではない。しかし、フローラとピップは、道化にだまされて魔女の元へ連れて行かれた。ジンジャーブレッドで眠らされ、トロールに食べられそうになった……。

 

【感想】

この物語は、いわゆる〈行きて帰りし冒険物語〉だが、成長するのが、子どもだけではない点に魅力がある。注目したいのは〈サニーベイ〉のワトキンス先生だ。先生は厳しいが、子どもに規則ばかり押し付けるのはいかがなものかと心を痛める。この描写から、どうやら深みのある先生だと仄めかされる。フローラとピップの冒険が進むに連れ、先生の暗い過去の封印が解かれていくのが読みどころだ。先生は同じ痛みを次世代にもち越すまいと奮闘する。その姿に感じ入った。

主人公ふたりも魅力的だ。フローラが過去に、子どもへの理解がない母親のもとで暮らした様子は『秘密の花園』のメアリーのようだし、ピップはその名前から『大いなる遺産』を思わせた。また、ふたりが家を恋しいと思う気持ちは『オズの魔法使い』のドロシーのようだ。『ホビットの冒険』だけではなく、さまざまな名作の魅力がふたりに凝縮されているのだから、惹かれないわけがない。女王の宴も『不思議の国のアリス』を思い出させた。とにかく夢中で読んだ本だった。2023年に発売された児童書で楽しいものは何かと言われたら、この作品に尽きると思ったので、ブックサンタとして、この1冊を贈った。