わたしの全ての物語(仮)

ほとんど海外児童書

『雨あがりのメデジン』(アルフレッド・ゴメス=セルダ作/宇野和美訳/鈴木出版)

作: アルフレッド・ゴメス=セルダ
訳:宇野和美
出版社: すずき出版
出版年: 2011年
舞台:コロンビア
ISBN:978-4790232506

 

カミーロは10歳、南アメリカはコロンビアのメデジン市に住んでいる。数ヶ月前にはじめて町に図書館ができた。図書館は怪物のような口をあけた黒い岩のよう。気になって近くまでは行くものの、ある理由から近づけないでいた。

ある日、中に宝物がつまっているように思え、とうとう中に入った。カミーロは貧しい地区に暮らし、学校に行かせてもらえていない。父さんからは、なんでもいいから自分で金を稼ぐように言われていた。

カミーロは服の下に本をこっそり隠し、図書館を出て、よろず屋へ向かった。父さんになにがなんでも手に入れてこい、と言われた酒と交換するためだ。手ぶらで帰れば家に入れてもらえない。それから何日も何日も、大親友のアンドレスと泥棒になるかならないかで言い争った。ふたりはいつも一緒だった。谷に続く坂道も、雨水の通い道も、ただ並んで歩いた。おしゃべりが止まらない日もあれば、ただ黙っているだけの日もあった。あんなに仲が良かったのに、ぎこちない関係になってしまう。

図書館には司書のマールさんがいて、目があえばにっこり笑ってくれた。秋のようなはちみつ色の目をした女の人だ。ある理由で怪我をしたカミーロの手当てもしてくれた。ある日カミーロは、すべすべした黄色の表紙の本に出会う。学校に行っていないから、文字を読むのは苦手だが、改行のあるところまで4行読めてうれしくなった。その本の主人公は同い年の男の子で、自分と似てないし、住んでるところもちがうし、その町はメデジンほどきれいじゃないと思ったけれど、はじめてどこかに、自分とちがう子が住んでると知った。先が気になってしかたなくなり、この本をよろず屋で売りたくないと思った。

そうそう、これこれ。この本を読みながらカミーロと同じ思いがこみあげてきた。本の主人公は住んでいるところも環境もまったくちがう。だからといって共感できないわけじゃない。そのちがいにひかれるし、なぜか共感できるのがうれしい。それに、〈ここではないどこか〉があると思えた瞬間、世界が広がっていく感覚がおもしろいのだ。

図書館に近づけない理由には、そうきたか、と思い、グッと引き込まれた。ヴィクトリア朝に書かれた、ディケンズ『オリヴァー・ツイスト』に出てくる社会問題がまだあった。貧困のせいでギャングになるしか道がない世界。まだ、子どもなのに学校に行くのは無駄だと言われ、金になることをしろと言われる理不尽さ……。

あとがきには、コロンビアでは戦闘や麻薬売買、誘拐事件があとを絶たないとあった。その様子は、カミーロの暮らしにさりげなく反映されている。酒びたりの父親のよる、暴力や暴言、今は亡きおじさんの悲しい過去。だが、幼いカミーロの視点なので、そこまで露悪的ではない。荒々しい社会の中にあっても、子どもの見る世界は美しく、たくましささえ感じさせた。

カミーロは自分の町が大好きだ。大人たちは「町がおかしくなった」というけれど、町全体がおかしくなることなんてあるのか、わけがわからないなりに考える。以前、悪いやつが町に毒ガスをまく映画を見たが、それと同じだろうだろうかと考えた。一生懸命考えたあとのカミーロの行動がすてきだった。カミーロは「メデジンのすべてをだきしめようとするかのように、町に向かって両うでをつきだし、それからそのうでを左右に思いっきり広げ」るのだ。きっと町に愛情をいっぱいまいたのだと思う。

カミーロは家に居場所がなく、気持ちを整理するのもなかなか難しい。そんなとき、図書館でやさしい司書さんに出会った。図書館の様子はこう書かれている。「図書館は、大海原にさかまく波のまん中にぽつんとつきだして、遭難したものを救う岩島のようです」そう、まさに、カミーロは図書館に救われる。

カミーロのピュアな心が、暗い現実の中できらめく宝石のようだ。メデジンを見る目がきらきらしている——メデジンの町については、たとえばこう書かれている。「(略)日差しをうけた雨つぶで、谷がきらきらとかがやき出すのをカミーロは知っていました。メデシンが何より美しくなる瞬間です。みずみずしい空気は、目で見て、手でさわれる気さえしました」

メデジンは雨が多い。でもその雨から生まれる泥こそがこの本のもう一つの主役と言っていいだろう。泥の書かれ方も新鮮で良かった。

カミーロが「生きていくことを考えるの、すきなんだ」と感想をもらすシーンに触れ、カミーロならこの先も大丈夫だと思えた。図書館にいけば、新しい世界につながる本がたくさんあるのだから。

*以前、放っておいたブログに同じ本を紹介したけれど、魅力が伝えきれてなかったので加筆しました。